アンプ1705II(BOSE)の周波数特性
BOSE社の創業者アマー・ボーズ博士の訃報(2013年7月12日)が伝えられたので、忘れないうちに手持ちのBOSE社製アンプの特性の測定結果を記しておこうと思います.(6年ほど前に測定したものです)
当社では実験用にBOSEのスピーカー101VM(101MMの防磁型)とアンプ1705IIを所有しています. アンプ1705IIは101MM/101VMと組み合わせて使用することを想定していて、101MM/101VMとの結合用のボルトも付属しています.
さて、1705IIにはスピーカー・セレクターというスイッチがついています.(101SERIESとOTHERSの2つのポジションの切り替え)
音響実験に使用するため、このセレクター・スイッチで何が変わるのか気になって直接BOSEに電話して聞いてみたのですが、窓口の担当者は周波数特性の補正をしていることは認めたものの、その特性は公表出来ないという答えでした. 仕方が無いので、自分でセレクター・スイッチの設定による周波数特性の変化を測定したのが下記のデータです.
- 休止期間の無い連続的なTSP(Time Stretched Pulse)を試験音源として測定をおこないました. 再生したTSPをアンプに入力して、アンプ出力をFFTするだけの簡単な測定法です. FFTのデータ長はTSPの周期と同一に設定します.(窓関数無し/方形窓使用) 測定時にはスピーカの代わりに抵抗を接続しました.
測定に用いたTSPのwavファイル
tsp16384.wav (3MB、サンプリング周波数44.1kHz、周期16384)
tsp65536.wav (13MB、サンプリング周波数44.1kHz、周期65536)
休止期間の無いTSPのスペクトログラム
左:周期16385、右:周期65536
- 測定(wavファイルの再生、録音)にはパソコンのサウンドボードを用いました. このような測定には同時録音再生時のD/AコンバータとA/Dコンバータのサンプリング・タイミングのドリフト等が無い性能の良いボードを使う必要があります. 相関技法や逆畳み込みを用いた測定をおこなう場合にも同様の注意が必要です.
大手メーカー製の有名ブランドの製品の中にも、このような測定には適さない特性のものがあります.(ただし、一般的な音楽録音再生にはまったく不都合はありません)
USBインターフェースの録音再生ユニットは、サンプルレート・コンバータを内蔵していたりして正確な測定が出来ないものが多いようです. 製品によってはUSBインターフェースのクロックとA/D・D/Aのクロックの同期の問題などもあるので、精密な測定には使いづらいです.
- パソコンの録音・再生ソフト(周波数分析ソフト)にはフリーのWaveSpectraを使用しました.(efu氏が開発・公開されているソフトです) WaveSpectraを2つ起動して、片方でTSPのwavファイルの再生、もう一方で録音・FFT分析をおこないました.
- WaveSpectraの開発者のefu氏はテスト信号発生用のWaveGeneというソフトも公開されていて、WaveGeneのダウンロード・ページでは周波数特性測定用のスイープ信号も配布されています. このスイープ信号は、おそらく時間領域での定義に基づいて生成されたものだと思われますが、周波数領域で定義した特性を逆フーリエ変換して時間波形を生成したTSPの方が高精度です. ただしDCとfs/2近辺の微々たる特性の違いなので、実用上はどちらを用いても測定結果にすぐ分かるような差は出ないはずです.
- 測定結果を下図に示します. グラフの高域(特に上限22.05kHz近辺)でレベルが低下しているのは、測定に使用したサウンドボードの特性によるものです.
- セレクター・スイッチがOTHERSではほぼ平坦な周波数特性ですが、50Hz付近を4dBほど持ち上げています. 大型のスピーカを用いた場合の低音域補正としては妥当なもので、意図的な(極端な)音づくりを狙ったものでは無いでしょう. この程度の補正ならやたらとボンボン響く不自然な音にはなりません.
- セレクター・スイッチが101SERIESでは101MM/101VMの特性に合わせて、100Hzを持ち上げて約70Hz以下はカットしています. この低音増強と超低域のカットも、スピーカの特性を考えると適切なものと言って良いでしょう.(101MM/101VMのカタログスペック上の再生周波数帯域下限は70Hz)
また、このスイッチ設定では高域が2〜3dB持ち上がります. これも微妙な補正の仕方で、普通の人はスイッチを切り替えても音の違いにすぐには気づかないでしょう. 高音成分の豊富な音源を聞いた時に、心持ち華やかな音に聞こえるというレベルです.
- 結論として、1705IIは他社のコンシューマ製品にありがちな不自然な周波数特性の補正はしていません. さすがはBOSEというところで、基本的な設計はしっかりしています. セレクター・スイッチが101SERIESの時の周波数特性は自社製のスピーカー(101MM/101VM)向きの控えめな特性補正として納得出来る特性です.
ただし、OTHERSの時に超低域の補正をしていることを明らかにしていないのは少しいただけません. 補正を入れるなら、その特性をちゃんと公表するべきでしょう. そうでなければ、補正無しの平坦な周波数特性にするべきです.
- 他の製品を見ても言えることですが、BOSEは実使用状態で最適な特性・音質が得られることを目的として製品設計をしているようです. このようなポリシーが物理特性第一主義のオーディオ・マニアからBOSEが嫌われる原因になっているのかもしれません.
セレクター・スイッチ OTHERS の周波数特性
セレクター・スイッチ 101SERIES の周波数特性
休止期間の無いTSP(Time Stretched Pulse) |
- 一般的な音響測定・残響測定には通常の休止期間を有するTSP(Time Stretched Pulse)が用いられますが、位相推移のパラメータを変更して今回の測定に用いた休止期間の無いTSPを生成することが可能です. 休止期間の無いTSPはスイープの初めと終わりがくっついた形になります.
- 一例として周期1000の通常のTSPと休止期間の無いTSPの波形を下図に示します.(上:休止期間有り、下:休止期間無し)
休止期間のあるTSP
国内では残響特性の測定等に用いられている
休止期間の無いTSP
- 休止期間の無いTSPでも音響系のインパルス・レスポンス測定、残響測定が可能です. 測定時には2周期分以上のTSPを再生して1周期分のデータを取り込みます. インパルス・レスポンスを求める畳み込みの処理には、直線状畳み込みではなく巡回畳み込み(円状畳み込み)を用います. 下図は休止期間の無いTSPを用いておこなったインパルス・レスポンスの測定例です. サンプリング周波数は8kHz、青色のラインはSchroederのインパルス2乗積分法を用いたエネルギーの減衰曲線(残響曲線)です.
- 休止期間の無いTSPを用いたインパルス・レスポンス/残響曲線のScilabシミュレーション・プログラム例はこちらのページをご覧ください.