オーディオ用D/Aコンバータの特性確認実験
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オーディオ用D/Aコンバータの特性の相違
通常、ΔΣ型D/Aコンバータには等価的に
sinc関数
を有限長で打ち切った係数を持つ直線位相のデジタル・フィルタが用いられていて、その方形波応答波形には
Gibbsの現象
があらわれます.
オーディオ・マニアやオーディオ技術者にはGibbsの現象をご存じなくて、D/Aコンバータの方形波応答波形を目で見て音質の評価をされる方が多いようです. そのような視覚で音質評価をするオーディオ・マニアやオーディオ技術者向けに、D/AコンバータLSIの中にはデジタル・フィルタの特性を変えて方形波応波形が視覚的になんとなく綺麗に見えるような動作モードを備えているものがあります.(
少し異なるアナログ・アンプ風の方形波応答を実現するモード
のものもあります)
そこで、デジタル・フィルタの特性の相違による、オーディオ用D/Aコンバータの特性の違いを確認する方法をご紹介します. 測定機材として2chのオシロスコープが必要です.
測定方法とテスト信号
実験方法は簡単で、同一の信号に左右で時間差をつけたものをステレオ(2ch)のオーディオ用D/Aコンバータから出力して、その波形をオシロスコープ(2ch)で観測するだけです. 左右チャネルの時間差は1サンプル以下とします.(例えば0.5サンプル)
テスト信号には最も単純にインパルス(デルタ関数)を用いて問題ありません.(オシロスコープでの観測の都合からインパルスを周期的に出力します)
サンプリング定理
の制約に従って離散時間信号処理(デジタル信号処理)をおこなう場合、デルタ関数は
sinc関数
をサンプリングしたものをあらわしています. したがって、インパルスに1サンプル以下の遅延を付加した信号を得るには、1サンプル以下の遅延をつけてsinc関数をサンプリングすれば良いということになります.(下図参照)
当社で作成したテスト信号のwavファイル(44.1kHz/16bit/stereo)がありますので、ご利用ください. 20秒おきに左右チャネルの時間差を0サンプル、0.25サンプル、0.5サンプル、0.75サンプル、1サンプルと変化させています.
オーディオ用D/Aコンバータテスト信号
stereo_sinc.wav
(17MB)
normalな特性のΔΣ型D/Aコンバータの測定例
実際にnormalな特性のΔΣ型D/Aコンバータ(Windowsパソコンのオーディオ出力)を用いて測定した結果を下図に示します.(上段波形が左チャネル、下段波形が右チャネル) 左右チャネルの時間差は左から、0サンプル、0.25サンプル、0.5サンプル、0.75サンプル、1サンプルです.
1サンプル以下の遅延も正しく実現されていることが分かります.
Windowsパソコンを使って実験する場合は、Windowsのサウンド・システムによって、ユーザーが意図せぬサンプリング周波数変換がおこなわれる場合があることに注意してください.(おそらくサウンド出力の設定を共有モードから排他モードに変更すれば解決されるはずです)
オーディオ・マニア向けの特性を有するD/Aコンバータのシミュレーション例
残念ながら当社ではオーディオ・マニア向けの特殊な特性を有するD/Aコンバータは保有しておりません. 方形波応答波形に基づいて視覚で音質評価をするオーディオ・マニア向けのD/Aコンバータの特性を実測出来ないのは残念ですが、参考までに
スプライン補間
を用いたD/Aコンバータの特性のシミュレーション例を示します.(
スプライン補間を用いたD/Aコンバータの製品例
)
下図左がスプライン補間を用いたD/Aコンバータのインパルス出力波形、右が0.5サンプル分の遅延を付加したインパルスを出力した時の波形のシミュレーション結果です. 同じインパルス(sinc関数をサンプリングした信号)を出力したのに、波形が異なっています.
このようにオーディオ・マニア向けの特殊な特性のD/Aコンバータは、信号に遅延を与えると波形が変化する、左右チャネルで出力波形が異なる〜という
奇妙奇天烈
な特性を有していることが、当社作成のwavファイルを出力するだけで簡単に確認できます. ぜひお手持ちのオーディオ用D/Aコンバータでその特性を確認することをおすすめします.
オーディオ・マニア向けのD/Aコンバータの特性の現実
ちゃんと特性をデータシートで公開しているオーディオ用D/Aコンバータを調べてみるといろいろと面白いことが分かります.
例えばマニアの間では一種の高級ブランドとなっているメーカーのとある製品は、24bit/192kHzの高性能と称しているのにデジタル・フィルタ部分の演算精度は16bitしかありません. 演算量/ハードウェア規模削減のためにマルチレート構成のフィルタになっていますが、高性能というほどのフィルタ特性でも無いことも分かります.
一方、プロ用オーディオ機器にも使用されているだけあって、平衡出力/不平衡出力ともに外付けのきちんとした特性のLPFの推奨回路例がデータシートに記載されているのはさすがです.
様々なオーディオ用のΔΣ型D/Aコンバータの特性を見て、非常に不自然に思われることは通過帯域内のリップルが極端に小さいことです. アナログ・オーディオ機器(フォノ・カートリッジ、テープレコーダー、出力トランス付真空管アンプ等)はリップルが±1dB以下におさまっていれば優秀な特性です. マージンを見込んでも±0.1dB以下の周波数特性の凸凹は人間には判別不能です. それにもかかわらずオーディオ用D/Aコンバータのリップル特性は0.01dB〜0.001dBオーダーの不自然なほど優秀な特性を持っています.
特性が良いのが悪いはずはないと無いと思われるかもしれませんが、カットオフ特性(肩特性)が周波数特性の平坦性を重視した設計の犠牲になっていることは明白です. 0.1dB程度のリップルを許容すれば、カットオフ特性を今よりもはるかに向上させることが出来るはずです. おそらくLSIメーカーの設計者は人間の聴覚特性をよく知らずに、既存のデジタル・フィルタ設計ツールの初期設定パラメータをそのまま使ってマルチレート・フィルタの係数を求めているのではないかと思われます.
ご興味をお持ちの方は、ご自分で各種D/Aコンバータの特性を比較してみることをおすすめします.
離散時間信号処理(デジタル信号処理)を学んでいる学生の方への課題
任意の信号に対して非整数(有理数)値の遅延を付加するにはどうしたら良いでしょうか? ただし、整数値の大きな遅延がつくことは許容します.(例えば0.5サンプル分の遅延付加ではなく、100.5サンプルの遅延を実現することを考えてください)
ヒント : 整数値の遅延はFIRフィルタを用いて実現できます. ならば非整数(有理数)値の遅延もFIRフィルタで実現できるはずです.
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